旅をする本

#005
さらに登ると、急に目の前がカール上に開け、ワタスゲの草原が広がっていた。白いワタ毛は白夜の光を浴びて金色となり、無数の宝石のように輝いていた。ぼんやりとあたりを眺めていると、遠くの山の肩から、点のようなカリブーが次々と現れてくるではないか。稜線上の点は次第に太い線となり、やがて黒い帯となって山の斜面を埋め尽くし、まっすぐこちらに向かってくる。
 ぼくたちはあわてて駆け出し、ワタスゲの中に飛び込んで身を伏せた。ハーハーと白い息を吐きながら、ザックを肩からはずし、そのまま夏草の上に寝ころんだ。夏のツンドラの香ばしい土の匂いがした。晴れ上がった白夜の、深い青空がどこまでも広がっていた。頭の中がシーンとし、じっとしていれば、カリブーの群れがぼくたちの上を音もなく通りすぎてゆくような気がした。
 離陸の失敗は、一匹狼のドンにとって、大きな経済的負担をもたらすのかもしれない。しかし無事に飛んでいれば、今、ぼくたちはここにいない。
「ギフト(贈り物)だな……」
 と、ドンが言った。
 あたりが少しずつざわめいてきた。やがてぼくたちは、金色に光るワタスゲの海の中で、数千頭のカリブーの群れに囲まれていった。
Selected by 三宅暁 (編集者:編輯舎)
旅をする木 - 白夜
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